第9回のインタビューは、YUKA&TRISTAN®のデザイナーとして活躍し、また、オンラインショップをはじめとするAN ASTUTE ASSEMBLYを手掛けているYuka O’Shannessy (ゆかさん)にお話を伺いました。
これから全3話にわたり、ゆかさんからニュージーランドで起業しデザイナーとして活躍され、また輸入業やナチュラルプロダクトを販売されているお仕事などのお話をお伺いしていきます。
ゆかさんの生い立ちを教えてください。
私は、四姉妹の長女として東京の下町で生まれました。
4歳の時に千葉県に引っ越し、体が弱かったという理由で、水泳や長距離走のスポーツをしていました。両親のサポートもあり、試合にも数多く出ていたので学生時代は、スポーツばかりしていましたね。
中学3年生までは、この2つのスポーツに明け暮れていた毎日だったのですが、高校生の時に得意だった長距離走に集中するため水泳はやめ、スポーツ名門校の市立船橋高校に入学しました。
高校時代は強いチームに囲まれ、とてもいい環境で走ることができ、その後も三井住友海上の実業団チームに所属し、プロアスリートとなることができたのです。
19歳の時には、日本代表チームとしてポルトガルハーフマラソンに出場し、そこでジュニア日本新記録を出しました。とても嬉しかったことを覚えています。
しかし、その後故障が続き名医の元で手術をしたのですが完治する事ができず、22歳の時に引退しました。
ニュージーランドに来られたきっかけを教えてください。
走ることが出来なくなってしまって、どうしようかと考えてた23歳の時、海外留学を試みようと思い、中学からの幼な馴染みの友達がいたニュージーランドに英語の学習のために渡航することにしたのです。
ビザが切れる頃に今の主人と出会い、当時AUT大学でグラフィックを学んでいた彼の影響もあり、私も大学へ行こうと決意し、専攻は以前から興味のあったファッション科に入学しました。
ここではデザインやパターン、構成と総合して学習し、素敵な仲間や先生に囲まれて伸び伸びと勉強をさせてもらいました。
また、Ponsonby (ポンソンビー)にあるmiss crabbで働き、デザイナーとしての実技的な勉強もさせていただくことができました。
そして、卒業製作のコレクションでは、DEUTZ competitionファイナリストに選抜され、NZファッションウェークのキャットウォークで披露されるなど素晴らしい体験をたくさんさせてもらいましたね。
2006年の卒業と同時に長女華(はな)を出産し、その2年後に次女の萌寧(もね)を出産し、デザイナーのお仕事に専念するというよりは、母業に育むことにしました。
震災をきっかけに始めたファッションレーベル。子供は小さかったですが、主人から「やりたい事があるのなら挑戦してみるといい。できる限り協力するよ。」と背中を押され、進むことができました。
最初は手探り状態でわからない事もたくさんありましたが、Try and Error でとにかく経験を積み重ねる事が大事だと思っていました。時には失敗が新しい感覚を生み出したり、ポジティブに物事考えるようになり、その工程を何よりも楽しんでいます。
お母さんが一生懸命である事は、子供にとってももいい事だと思います。私がこうして仕事に集中し好きな事が出来るのも、主人や子供たちの協力、また周りの方たちのサポートのおかげであり、とても感謝しています。
(第2話へつづく)
ゆかさんの第一印象は、一言でいうと「カッコイイ!!」。
デザイナーでもある彼女は、ご自身の服はほとんどご自分で作られているとか!
「黒色」を基調にした、シンプルだけどスタイリッシュで、オリジナルなものが少し見えるファッションがとてもオシャレに感じます。
いろいろとゆかさんのデザインを拝見させていただいたのですが、その中にはどれも、何かを伝えているようなほどよい主張があるような気がします。
個性的に作られた服や商品たちは、彼女と同じようにオシャレでセンスがあり、堂々と「私を買っても大丈夫!きっと満足するわ!」と言ってるような、そんな存在感があります。
ゆかさんが話していた「商品には作り手の想いやストーリーがあるんです。」という言葉がぴったり当てはまった商品たちをぜひ皆さんにもご覧いただきたいと思います。
■YUKA&TRISTAN
http://www.yukaandtristan.com/
■An Astute Assmebly
https://aaaselect.co/
次回は、ゆかさんの起業のお話です。ご主人と共同でされているYuka&Tristanの会社やパートナーの下山陽子さんと立ち上げたオンラインベースのAn Astute Assmebly Ltd, のお仕事についてお話を伺いました。
どうぞお楽しみに!